8. 現場から心を探る
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1. 「フィールドワーク」とは何か
1-1. フィールドワークの定義
研究者が、実験室や研究室を離れ、実際に出来事が起きている現場(フィールド)に密着し、当事者である人々と密接な接触を保ちながら情報やデータを収集するタイプの調査を指す
「人間が生きている現場(フィールド)は、複雑な相互関係が網目のように入り組んでいる網目系(ネットワークシステム)である。その関係性を生きた形でとらえるには、細分化して数量化するよりも、「広義の原語」によって記述する質的方法が適している」(やまだ, 2007) 心理学におけるフィールドワークの歴史は、比較的浅い
フィールドワークは人類学の分野において、その方法論が確立された 得られた情報やデータを最終的にエスノグラフィーとしてまとめられるために必要な方法論として位置づけられている 1. ある研究対象についてフィールドワークという方法を使って調べた研究(民族誌的アプローチと訳される) 2. フィールドワークを使った記述調査の成果として書かれた報告書(調査モノグラフと訳される) 佐藤(2006)は、フィールドワークを、デスクワークや図書館で行う文献研究(ライブラリー・ワーク)や実験室での実験(ラボラトリー・ワーク)と対比させながら分類 フィールドワーク一般=野外調査
人文社会科学系
現場密着型の聞き取り
現場での第一次資料収集
非参加型現場観察
1回限りの聞き取り
質問表によるサーベイ
インタビュー・サーベイ
現地での資料収集
自然科学系
地学系のフィールドワーク
動物学系のフィールドワーク
植物学系のフィールドワーク
……
屋内での作業
デスクワーク
書斎や図書館での文献研究
実験室研究
1-2. フィールドワークの研究方法と特徴:参加観察法
研究者自身が人々の営みの場に身を置き、対象とする人たちの一員となりながら、そこに生起する現象を多角的に、長期にわたり観察する方法
研究者が、研究対象となる現場に身を置き、自分の五感をフルに活用して、そうした営みから得られた情報やデータをもとにして現象や人間関係に迫ろうとする方法(佐藤, 2006) 2. エスノメソドロジー(Ethnomethodology)
2-1. エスノメソドロジーの定義と違背実験
社会の成員たち(=エスノ)が、自分たちの社会生活を組織するためにもっている方法論(=メソドロジー)という意味だが、人々の日常を作り上げている秩序の解明が主な目的
「エスノメソドロジーとは、私たちが生活している日常生活の活動を分析し、それを通して私たちが気づかぬうちに従っている日常のルールや規範といった秩序を明らかにする研究法である」(下山, 2001) 常識的な「見えていても気づかれない解釈図式」
ガーフィンケルが考案
通常の文脈ではありえない受け答えをすることで相手を混乱させ、これによって日常の相互作用において人々が暗黙のうちに依拠しているルールを明るみに出そうという実験方法
e.g. 被験者「タイヤがパンクしてぺちゃんこだ」実験者「タイヤがぺんちゃこだってどういうことだい?」
実験者からこのような応答を受けた被験者は、戸惑いをみせ、不愉快な表情や反応を示すことが知られている
こうした日常を形成している秩序をあえて綻ばせることによって、エスのメソッドへの洞察を得ようとする
3. 質的データの分析
3-1. KJ法
「現実に野外で観察し集めてきた複雑出たようなデータをいかにまとめたらよいか」という地理学や文化人類学における課題に対処する中から生まれたもの 文化人類学者の川喜田二郎が、フィールドワークで得た膨大なデータをまとめるために考案した手法 やり方、実例、思想的背景などは川喜田(1967, 1986)
フィールドワークなどを通して収集された質的データを、KJ法に従って整理・分析する手順について概説(山田, 1998) 1. カードへの記録化
素材となる得られたデータをカードに掻き出す
1つのトピックを1文で1枚のカードに書かなければならない
2. カードのグループ化・分類化
集まったカードを作業台の上に広げて、内容が近いと思われるカードをまとめてグループを作る
カードが積み上げられたグループは複数できる
どこのグループに属さないものがあってもよい
3. 表札づくり
複数のカードがひとまとまりのグループとしてまとめられた理由を考えて、各グループに「表札」をつける
次に表札を参考にして、内容が近いと思われるグループをさらに集約して、さらに上位のグループを作る
この上位のグループにも表札を作る
これらの作業を繰り返し、グループが最終的に数個になるまで繰り返す
4. 統合化
A型図解化
模造紙のような大きな紙の上で行う
グループ化されたカードを1枚の大きな紙の上に配置して図解を作成する
その時、近いと感じられたカードを近くに置き、線で囲ったりカードやグループの間の関係を線で引いたりして、グループ間の関係を図示していく
B型図解化
図にしてわかったことを文章としてまとめる作業
3-2. グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Grounded Theory Approach = GTA)
データに「根ざして(grounded)」理論を構築し生成する研究観とそれを体現する研究方法という2つの意味がある(戈木クレイグヒル, 2006) GTAの特徴は多様な質的データを体系的にコーディングして概念カテゴリーを抽出し、そうした見出されつつあるカテゴリーや仮説をさらに洗練させるために「絶えざる比較」やデータ再採取などの循環的なプロセスをとるところにある
最終的には、カテゴリー間の相互関係から理論を見出すという手順を踏む
3-3. グランデッド・セオリーの手順
1. 研究課題の決定
量的調査の場合、先行文献の展望(review)
しかし、GTAは、過去に研究が十分に蓄積されていない分野や質的な研究が行われてこなかったテーマに適用されるので、先行文献の展望は必ずしも必須ではない
2. データ収集
一緒に用いられることもある
ただし、インタビューやフォーカス・グループが代表的な手法
3. コーディング/「見出し」や「ラベル」のつけ方
ステップ2で得られたデータをテキスト・スクリプトの表現に読み込んだのち、データを細かく分断する
切片化されたデータとは、「比較的小さなデータのまとまり」あるいは「小部分」と考えられる(能智、2011) この切片化されたデータに「見出し」あるいは「ラベル」をつけて、それに基づいてカテゴリーを見出すことがGTA分析の全体工程であるが、収集したデータや情報から「見出し」や「ラベル」を発見する作業がコーディング
戈木クレイグヒル(2006)は、データからカテゴリーの間にプロパティ、ディメンション、ラベルという抽象度の異なる概念を用いて、カテゴリーを最上位とする概念の階層構造を提案し、そして、より下位の概念からカテゴリーを抽出する技法を提案している 4. カテゴリーの生成
コーディングを通して見出された「見出し」や「ラベル」をつなげてそれらを統合し、それらを包含するカテゴリーを見出していく作業ステップ
GTAにおいては「見出し」「ラベル」の意味から逸脱することなく適切にカテゴリーを作成していく作業が求められる
具体的な手続きは、「見出し」や「ラベル」をリストアップして、それらの内容を比較しながら類似したものをグループ化していく作業
すべての「見出し」や「ラベル」が、適切に特定のグループに仕分けられるとは限らない
必要に応じて、データに立ち戻ることも必要
5. 絶えざる比較(constant comparison)
データからラベルをつけ。カテゴリーを作成するという作業は、データ内外の要素との絶えざる比較を通してより適切なカテゴリーの作成を指向する
たとえば、違う内容で同じコーディングあるいは同じ内容で違うコーディングはありえるかといった比較などを行う
また、他のデータとの比較を通して適切なカテゴリーの発見を試みるという手段もある
6. 理論サンプリングと理論的飽和
質的研究においては、関心対象の母集団を代表するような対象を選ぶことが難しい場合も多い
研究者がデータの分析過程で生み出した理論(実際には、仮説やアイデアという水準でも構わない)を基に、研究を進展させるために必要な情報やデータを選択的に摂取するという手続き
GTAにおいては、現象を理解するために見出されたカテゴリーやラベルをさらに精緻化させえる情報やケースをサンプリングする手続きを理論サンプリングと呼ぶ(戈木クレイグヒル, 2006) GTAにおいて、データ収集と分析のプロセスは、これ以上新しいカテゴリーや既にあるカテゴリーを補強するような情報がもはや見つけられないという段階まで続く
7. カテゴリーの関連づけ
GTAはカテゴリー間の関連を明らかにすることを通して理論を生成する
よって最終的な手続きは、カテゴリー間の相互関係を記述すること
その際、様々な覚書をとったり、視覚化することによって理論を浮かび上がらせていく
4. マルチメソッド(multi method)とトライアンギュレーション(triangulation)
複数の方法を組み合わせて調査や研究を行うこと
それぞれの調査や研究の方法は、それぞれの短所や長所が存在する
理想的には複数のタイプの異なる複数の技法を組み合わせて、調査や研究の結果を相互に比較することによって研究知見や論拠を確実にすることが望まれる
佐藤(2005, 2006)は、種々の調査技法のメリットとデメリットを整理している
フィールドワーク
実際の出来事が生じている現場に密着して、様々な出来事やその過程を直接に観察できるというメリットがある
現場や対象に集中して観察する必要があるので研究対象の数が限られる
アンケートなどを用いたサーベイ
比較的簡便に、多数の対象者を研究対象として扱うことができる
ある現象について包括的に把握することが難しく、また取り上げる要員数を限定せざるをえない
実験的手法
因果関係を明確に特定できるので、内的妥当性の高い方法 非干渉的方法
研究者と対象者の間に社会的接触が生じない方法
既存の統計資料や文献資料から人間理解や現象の把握を試みる方法
この方法も情報源は既存の資料に限定され、現象が生じている現場に接触するわけではないので、やはり現実の出来事やダイナミズムをとらえている程度に疑問がある
心理学における質的研究方法の役割
心理学に限らず科学研究の多くは以下に二分される
「仮説検証型」研究
質問紙調査や実験室実験はこちらに適した方法
「仮説育成型」研究
観察法やフィールドワークはこちらに適した方法
近年、心理学の研究が「仮説検証型」に偏重しているという批判もあるが、両者は補完関係にある
新たな現象や概念の発見など、特に、研究の草創段階においては「仮説育成型」研究の役割は大きいと考えられる